[太子町] をプチ観光


私の住んでいる場所は、ぶっちゃけ大阪府の富田林市なのですが、実はこの辺り、歴史の宝庫だったりします。
パッと周囲を見渡しても、江戸時代の街並みが残る [寺内町] をはじめ、蘇我馬子が創建した [龍泉寺]、遣隋使が往来したと言われる [竹内海道]、河内源氏として有名な [源氏三代の墓] など、
「こりゃ老後は飽きないな (笑)」
と思わせられるものがたくさんあります。

そこで今回、これらをちょっとだけ開拓してみようと思い、ミラーレス一眼をぶら下げて [聖徳太子の墓] と [推古天皇陵]、そして [小野妹子の墓] に行ってきました。この 3 つは隣町の太子町の一角に固まっているので、余裕ですべて回れます。
そうそう、太子町という名はもちろん、聖徳太子からきているそうです。

まずは聖徳太子の墓ですが、こちらは [叡福寺] というお寺の中にありました。写真は、その叡福寺の入り口です。そしてこの階段のすぐ左側が、無料の駐車場です。
聖徳太子の墓

階段を上って敷地内に入ると、こんな感じです。すごくきれいなところでした。
聖徳太子の墓

そしてここが、聖徳太子の墓。何だか少しオーラを感じますね。
写真では見えませんが、少し手前にも柵があるので、10m ほど手前から眺めるだけになります。
聖徳太子の墓

墓の手前に立っている宮内庁の看板です。かんたんに言えば、「ここに入るな」「生き物を殺すな」「植物を刈るな」ということが書いてあります。
聖徳太子の墓

敷地内にある看板のひとつですが、何だかすごくユルかったので、つい撮ってしまいました (笑)
聖徳太子の墓

弘法大師の像も立っていました。聖徳太子と弘法大師 (空海) は、いろいろ関連があるようですね。
聖徳太子の墓

叡福寺もひと回りし、そろそろ次に行こうとしたところ、イラスト地図がありました。ちなみに右側のキャラは [初代たいしくん] とのこと (笑) 車で道を走っていると、そこかしこに見かけます。
聖徳太子の墓

さて次は、推古天皇陵。何てことない道に、突然このような石碑がありました。その左には、きれいな上り坂が。
推古天皇陵

その上り坂を上っていくと、左側に見えてきました、推古天皇陵。
上ると言っても 100m もありませんけどね……。
推古天皇陵

上り坂を上りきると、推古天皇陵の入り口がありました。
推古天皇陵

こんな感じで、ここも当然、中に入ることはできません。
ちなみに、この周囲は普通の畑で、農家のかたが普通に作業をされていました。何てことでしょう (笑)
推古天皇陵

最後に、小野妹子の墓です。
小野妹子の墓

まず、長い階段を上っていきます。こちらは少々長いですね。
写真には写っていませんが、高校野球部らしき団体が、手押し車で階段を上っていました。きっと高校生たちは、「今日も妹子前で練習かぁ~ (泣)」みたいな会話をしているのでしょう。がんばれ!
小野妹子の墓

階段を上りきると、あまり大きくはありませんが、円形に柵がありました。
小野妹子の墓

写真の小さい階段を上ると、そこには控えめな石碑が。ここが小野妹子の墓のようです。
小野妹子の墓

と言うことで、今回のプチ観光は終わり。何だかすごくカジュアルな感じでした。
また機会があれば、ほかの観光地にも行ってみたいと思います。

それにしても、ミラーレス一眼で撮った写真は、光をうまく取り入れられるせいか、透明感がありますね。ますます写真が好きになりそうです!

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